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それでも

なんとかできるだけ楽しく生きる

自由意志の在り処

自由意志は自分の理由や欲求に沿って行動を選択する能力であると言われている。

例えば、空腹状態のときに目の前に食べることのできる林檎があったとして、それに手を伸ばすだろうか。

まあ、多分私は伸ばします。おなかすいてるし、林檎は美味しいと相場が決まっているので。

 

ではこの時、手を伸ばした自分に本当に意志があったのか。それを考えると怖くなります。

脳が「今お腹空いている」というシグナルを出して、そのタイミングで都合よく林檎があったから「手を伸ばす」という行動を強制されただけではないのか。

 

自分がそうしたいと思ったから、そのように行動した、と言い切れる自信がない。

自分がそうしたいと思わされたから、そのように行動させられたことと区別がつかないのがこの不安の原因だと推測している。

 

wired.jp

 

上記のような研究もあるけれど未だ懐疑的だ(ちなみに自由意志を信じない人は非協調的になり非倫理的な行動に走りやすいという研究はいくつかあるし、逆もまた然りなので皆さまにおかれましては自由意志を信じて欲しい!)。ていうか0.2秒って!

脳からの司令を拒否するのもまた脳であり、その拒否するという司令を送っているのもまた脳だ。

 

自由意志の存在については半ば諦めているけれど、つまりは認識論なのだと思う。

脳に生かされているのだとして、思い出したときにでも「なんで自分はこの行動をしたのか」ということを考えることで、少しだけ自由になれる気がしている。

少なくとも、今自分の脳は自分を生かそうとしてくれているのだし、従うことも、まあ悪くはないだろう。