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それでも

なんとかできるだけ楽しく生きる

愛想笑いの才能

6月の、けれど乾燥した空気の夜。スーパーの前のスペースだった。あまり明かりは多くない町で、スーパーから漏れる蛍光灯の光だけが眩しかった。

留学を考えていた僕は、留学先の事情を聞くために自分の通う大学の留学生たちの集まりに参加した。

その日僕含めて4人がいて、それぞれ買い物をして、あと一人が買い物を終わるのを待っていた。その間、彼らは彼らの故郷の話をしていた。何を話しているのかわからなかったけれど(英語だし、遠い国の話だし)、面白そうに笑っていた。だから僕も一緒に笑っていた。自然に、そうするのが当たり前だと思っていた。皆が笑っている時に笑わないのは異端。排除対象。そういうふうに学んできた。

「どうして笑っているの」

突然日本語で話しかけられたときは驚いた。どうして、どうして?

「君にはこの話がわからないはずだろう」

恥ずかしくて、顔が赤くなったのがわかった、夜でよかった。スーパーのひかりはあったけれど。

わかんないんだけどさ、どうしろって言うんだ。ニコニコ笑っている以外にそこに馴染む方法を僕は知らなかった。無表情で立ってればよかったのか、「わかんないよ」って言ってみればよかったのか。

なんて答えればいいかわからずに英語だか日本語だかよくわからない言葉でごにょごにょ言った。みんな不思議な顔をしていた。結局ずっと馴染めなかった。笑顔の魔法は効かない。

 

そういうことはたびたびあった。前の職場で「あなたは、なんで興味が無いのに笑ってるの、バカにしてるの」と言われた。給湯室に閉じ込められてこういうことを言われるって本当にあるんだなんて、頭の隅で考えていた。たぶんこういうところがよくない。その職場はそれとは全く関係のない理由でやめた。

そんなつもりはもちろんなかったけれど、そう見えてしまっていたことはそれなりに悲しかった。笑ってその場を取り繕うことしかできないのに、それがこんなにも下手だ。

別に無理して笑っているわけではない。そういうふうに自然に表情が動いてしまう。「あなたのことを敵だと思ってないですよ」「仲良くしたいと思っています」「興味深く聞いています」

そう伝えたいだけなのに、ここまで清々しく失敗し続けていると、もうそれこそ笑ってしまうしかない。

たぶん、愛想笑いの才能が壊滅的にない。もっと言えば愛想がないのだと思う。

 

長年かけても似合わなかった愛想を、だから最近は身から剥いだ。剥いだら、確かに楽になった。そうしたら今度は「君は笑わないね」と言われることになったのだけれど、もう、それはいい。だってこれは自分で選んだのだから*1

そのかわり、というわけではないけれど、本当に感じたことを伝えるためだけに僕の表情も言葉も使うことにした。そして、それはきっとそんなに悪いことではない。

今はそれを感じ取ってくれる人たちが身の回りにいる。そのことをとてもしあわせに思うから、ちゃんと笑える。

 

*1:自由意志はないかもしれないけれど